シーカヤックはシーカヤックでレスキューしたいのがやまやまですが、シーカヤックマラソン等の参加艇の多い大会では、ジェットスキーやエンジン船が主力です。
先日の大会でもジェットや船で大助かりでした。
共に私もカヤックで手伝いました。その時のことです。
ジェットのお兄さんも、船の船長も、慣れないシーカヤックをうねりに揺れる海上で立て直したり、回収のため引き上げます。トグルが有るなどご存知ではありません。転覆していることが多いので、もちどころ、つかみどころに苦労されています。
、、
ジェットのお兄さんは片手運転で、もう片方の手でラダーワイヤーをとっさにつかんで引っ張る、、いてててて。
船の船長も、どっぷんどっぷん転覆して揺れているダブル艇の腹。どこを持てばいいのやら、鉤の棒で何とか引き寄せてラダーワイヤーを見つけてロープを通してくくり付け、エンジン吹かしてして引っ張った。たちまちぷっちん切れる。
、、、
レスキューしてくださる人の怪我や負担にならないように。揺れる状況で瞬時に見つけて前後つかめるように大きなワッカにしたオレンジロープを大会の時だけ前後に付けたいですね。
、、、それは、素早いレスキューにつながるし、腕にもカヤックにもダメージが少ないでしょう。
20人も30人も沈するような激しさ高いレベルの大会にはカッコいい目立つイメージ。オレンジレスキューループ。そんなトグルが欲しいと思いました。
水野
2013/05/28
2013/05/27
シーカヤックマラソン
シーカヤックマラソンのイベント模様は20年で変わってきていて、参加艇の形は「シーカヤック」と「アスリートカヤック」にはっきりしています。私も以前まではシーカヤックマラソン用の特別仕様艇を作っていました。最初のうちは好成績をあげていました。しかし残念ながら世界のレーシングメーカーのデザインする素晴らしい「アスリートカヤック」に完全に負けたことを実感しました。そのとき作った艇にも、乗ってくださった人にも、悪いことをしてしまったと申し訳ない思いでいます。そんな思いでレース特別仕様を作るのは断っていて、シーカヤックメーカーらしくシーカヤック作りに専念しています。
、、
きのう宮崎の「南郷シーカヤックマラソン」に行ってきました。勝手におせっかいをやきながら会場をぶらぶらしていただけです。
風速5m~8mで厳しい状況だったので、コース変更して湾内のコースになるだろうし、そうするべきだと顔見知りの主催者スタッフ達になんとなーくうながしていましたが、内海育ちの私と違って、地元スタッフ達は、太平洋のうねりが入る南郷の、この海で生まれ育っています。
、、、
「こんなもの普通ですよ。通常のコースでやります。30人ぐらい沈するでしょう」。
松尾実行委員長のきっぱり宣言でスタート用意が始まった。
無責任でいられる私は、これは面白くなるぞと喜んだ。
結果は20人沈して30人ぐらい回収された。沈しても完漕した人もいたが、風で進まなくなって漕ぎ切れなかった人もいる。
ざっと16kmのコースで114人の参加。主催者が用意したレンタル艇の参加者が50人ぐらいもいたくらいで、その人たちは初心者のはずなので大変だったと思います。遅い人は4時間以上も漕ぎ続けてゴールしてくるので、きっと苦しさで涙ながらのゴールかと思って見るとみんな笑顔で喜んでいるようでした。私も初心者時代を思えば、うねりと沈の恐怖でリタイヤしていたでしょう。
みんなでやると怖くないレスキューも出ている。おもいきって普段は漕げない状況の海を体験でき楽しむことが出来る。そんな大会は意義があると参加者からも聞きましたし、私も思いました。
、、、
沈艇が続出するなか私は笑って楽しみながらシーカヤックでレスクキューの手伝いをしながら見ていました。
百人ちょいが一斉スタートして300mも行くと最初のうねりゾーン突入、上位は猛スピードで出て行く。と同時に後続集団はあたふたしている人がいる。5艇6人が沈。
手前の沈艇に着け再乗艇さするも再び沈。本人もあきらめて最初の脱落。ジェットに乗せてもらって帰った。
また次の沈艇に着けると、「先のほうで友人が沈しています。彼を先に助けてやってください」と言う。見ると脱艇して浅い岩にへばりついているカヤックが小さなうねりにチラチラ前に見える。誰かが行っているようだ。「彼は大丈夫ですよ。貴方のを起こしますから、しがみ付いていては起こせませんから、軽く後ろにつかまって。」、、「僕は全く泳げないんです。離せません」、、「しかたないですね乗るのはあきらめますか」、、「はい。」、、ジェットの後ろに乗り移ってもらった。カヤックは私が浜までひっぱった。ジェットはカヤックをひっぱるのに慣れていないけどジェットに頼めばよかった。カヤックをカヤックでひっぱて帰るのには思った以上時間がかかった。
再び後部集団が見えるところまで追いついた。7艇目、もう2艇が沈脱したのかすでに回りこんだ岸に上がってるのが見えた。沈する人は早くもしてしまっただろう。あとの人はたぶん大丈夫だろう。1番のうねりゾーンは抜けたし。悠長にビリグループの知り合いの女性を励ましたりして見る。そろそろベテランと言ってもいい彼女のはずだ、漕いでいるのにこんな遅いはずはない。反対側に回ってみると、ウレタンのパドルフロートを荷崩れしてふわふわ側面にひっぱて抵抗になっているようだ。しばらく意地悪して馬鹿な女だと笑ってみていた。このまま行こうか、気がつかないもんだな。先は長いかわいそうになった。愛情ちょっぴり、横付けしてセット位置に固定してやった。後でわかったことだが、この時はすでに彼女は途中沈脱して近くの浜に自ら上がって再乗艇して漕いでいた。シングル女子10人中9位であったと思うがどんどん抜いてゴール寸前で4位にまでなった。美味しい特産マンゴーは3位まで公平に称えられて贈られる。4位は残念ながら笑える(おめでとう、うらちゃん頑張ったねお馬鹿1位だね。)
(本命お馬鹿は5度の沈にもめげずジェットに救われたり岩場に打ち上がったりしながらでも漕ぎ続けていた彼だったけれど最後に体中擦り傷で力尽きた。途中岩場の瀞場にカヤックを泳いで引いて再乗艇して出て行く姿は見て感動した。カッコよかったよ。奄美できっとリベンジできるよ。)。
おかげ様で以前サーフカヤックの仲間だったよっちゃんが女子3位でよかったね。ハヤテでロールが出来なくてそれが悔しいらしい。手を入れると格段にロールパフォーマンスが良くなるので、二人の秘密でやってあげたいね。
ダブルのバウに乗ったこの頃ますます美しくなってゾクゾクしてしまうユキちゃんは、シングル清水青少年の背中こそ見たものの、その意味、最強男のダイナマまで後ろに従えて漕げてダブルの1位は気持ちよかっただろうね。なんか悔しいぞ。
今回も千葉からやってきてくれて、相変わらずのチャーミングな林さん、胸に下げた竹の根か筍から削りだされた琥珀色の薄い小さな牛角形のマイカップで前夜祭のコーナー地元焼酎のボトルが10本も並ぶほとんど全てを美味しそうにニコニコと利き酒されている。私は思わずそんな彼女の顔に近づけて、林さんほんと可愛いねと囁いた。そんな私のスケベ心を見透かして彼女はバイバイとにこやかに言った。
シーカヤッカーの女性は私がちょっかいを出したい人がいっぱいいます。
水野
、、、。
宮崎から帰ってくると、置き土産がしてあった。1本の新作缶ビールと中島みゆき2000年のCDがプレゼント袋に入っていた。
誰から、、神戸ナンバーに乗ってきていた2人の女性、「不知火」でお世話になったTYさんといっていました。、、不知火のユーザーの人が気まぐれに寄ったのかな知らないな。、、何度も言ってました不知火でお世話になったTYですとよろしくお伝えくださいと。
ぞっとした。TSUTAYA袋に入った中島みゆきのCD。あのことを知っているのか。10日前、中島みゆきの小説をBOOK‐OFFで105円で買った、どうみてもピンクの表紙で若い女性読者に書いたやつだろう。大変恥ずかしかった。それを見られていたのだろうか。
今朝ニュースで見た。三浦雄一郎さんのエベレスト登頂成功のテレビに難所で三浦さんの安全を気遣い手を差し伸べて導いている新谷さんの顔が映った。そうだ新谷さんはエベレストにいるんだ。知床ツアーは休みなんだ。「不知火」でなくて「知床」でお世話になったTYさんだと言ったんだ。全てがわかった。知床ガイドのゆきえさん姉妹だ。ビール大好き。中島みゆきは、新谷さんと共にカラオケに行って打ち震えるように我ら合唱したんだ。ヘェッドラ~ィト テェ~ルラァ~ィト旅はまだ終わらぁない~。ああ残念ニヤミス。最初会ったときから、ちょっかい出したい人なのに残念。でもよかったかも。女房に見られずすんだ。下心がどうしようもなくなってきているんです。新谷さんの大自然の中での与太話のせいかも。
水野義弘
、、
きのう宮崎の「南郷シーカヤックマラソン」に行ってきました。勝手におせっかいをやきながら会場をぶらぶらしていただけです。
風速5m~8mで厳しい状況だったので、コース変更して湾内のコースになるだろうし、そうするべきだと顔見知りの主催者スタッフ達になんとなーくうながしていましたが、内海育ちの私と違って、地元スタッフ達は、太平洋のうねりが入る南郷の、この海で生まれ育っています。
、、、
「こんなもの普通ですよ。通常のコースでやります。30人ぐらい沈するでしょう」。
松尾実行委員長のきっぱり宣言でスタート用意が始まった。
無責任でいられる私は、これは面白くなるぞと喜んだ。
結果は20人沈して30人ぐらい回収された。沈しても完漕した人もいたが、風で進まなくなって漕ぎ切れなかった人もいる。
ざっと16kmのコースで114人の参加。主催者が用意したレンタル艇の参加者が50人ぐらいもいたくらいで、その人たちは初心者のはずなので大変だったと思います。遅い人は4時間以上も漕ぎ続けてゴールしてくるので、きっと苦しさで涙ながらのゴールかと思って見るとみんな笑顔で喜んでいるようでした。私も初心者時代を思えば、うねりと沈の恐怖でリタイヤしていたでしょう。
みんなでやると怖くないレスキューも出ている。おもいきって普段は漕げない状況の海を体験でき楽しむことが出来る。そんな大会は意義があると参加者からも聞きましたし、私も思いました。
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沈艇が続出するなか私は笑って楽しみながらシーカヤックでレスクキューの手伝いをしながら見ていました。
百人ちょいが一斉スタートして300mも行くと最初のうねりゾーン突入、上位は猛スピードで出て行く。と同時に後続集団はあたふたしている人がいる。5艇6人が沈。
手前の沈艇に着け再乗艇さするも再び沈。本人もあきらめて最初の脱落。ジェットに乗せてもらって帰った。
また次の沈艇に着けると、「先のほうで友人が沈しています。彼を先に助けてやってください」と言う。見ると脱艇して浅い岩にへばりついているカヤックが小さなうねりにチラチラ前に見える。誰かが行っているようだ。「彼は大丈夫ですよ。貴方のを起こしますから、しがみ付いていては起こせませんから、軽く後ろにつかまって。」、、「僕は全く泳げないんです。離せません」、、「しかたないですね乗るのはあきらめますか」、、「はい。」、、ジェットの後ろに乗り移ってもらった。カヤックは私が浜までひっぱった。ジェットはカヤックをひっぱるのに慣れていないけどジェットに頼めばよかった。カヤックをカヤックでひっぱて帰るのには思った以上時間がかかった。
再び後部集団が見えるところまで追いついた。7艇目、もう2艇が沈脱したのかすでに回りこんだ岸に上がってるのが見えた。沈する人は早くもしてしまっただろう。あとの人はたぶん大丈夫だろう。1番のうねりゾーンは抜けたし。悠長にビリグループの知り合いの女性を励ましたりして見る。そろそろベテランと言ってもいい彼女のはずだ、漕いでいるのにこんな遅いはずはない。反対側に回ってみると、ウレタンのパドルフロートを荷崩れしてふわふわ側面にひっぱて抵抗になっているようだ。しばらく意地悪して馬鹿な女だと笑ってみていた。このまま行こうか、気がつかないもんだな。先は長いかわいそうになった。愛情ちょっぴり、横付けしてセット位置に固定してやった。後でわかったことだが、この時はすでに彼女は途中沈脱して近くの浜に自ら上がって再乗艇して漕いでいた。シングル女子10人中9位であったと思うがどんどん抜いてゴール寸前で4位にまでなった。美味しい特産マンゴーは3位まで公平に称えられて贈られる。4位は残念ながら笑える(おめでとう、うらちゃん頑張ったねお馬鹿1位だね。)
(本命お馬鹿は5度の沈にもめげずジェットに救われたり岩場に打ち上がったりしながらでも漕ぎ続けていた彼だったけれど最後に体中擦り傷で力尽きた。途中岩場の瀞場にカヤックを泳いで引いて再乗艇して出て行く姿は見て感動した。カッコよかったよ。奄美できっとリベンジできるよ。)。
おかげ様で以前サーフカヤックの仲間だったよっちゃんが女子3位でよかったね。ハヤテでロールが出来なくてそれが悔しいらしい。手を入れると格段にロールパフォーマンスが良くなるので、二人の秘密でやってあげたいね。
ダブルのバウに乗ったこの頃ますます美しくなってゾクゾクしてしまうユキちゃんは、シングル清水青少年の背中こそ見たものの、その意味、最強男のダイナマまで後ろに従えて漕げてダブルの1位は気持ちよかっただろうね。なんか悔しいぞ。
今回も千葉からやってきてくれて、相変わらずのチャーミングな林さん、胸に下げた竹の根か筍から削りだされた琥珀色の薄い小さな牛角形のマイカップで前夜祭のコーナー地元焼酎のボトルが10本も並ぶほとんど全てを美味しそうにニコニコと利き酒されている。私は思わずそんな彼女の顔に近づけて、林さんほんと可愛いねと囁いた。そんな私のスケベ心を見透かして彼女はバイバイとにこやかに言った。
シーカヤッカーの女性は私がちょっかいを出したい人がいっぱいいます。
水野
、、、。
宮崎から帰ってくると、置き土産がしてあった。1本の新作缶ビールと中島みゆき2000年のCDがプレゼント袋に入っていた。
誰から、、神戸ナンバーに乗ってきていた2人の女性、「不知火」でお世話になったTYさんといっていました。、、不知火のユーザーの人が気まぐれに寄ったのかな知らないな。、、何度も言ってました不知火でお世話になったTYですとよろしくお伝えくださいと。
ぞっとした。TSUTAYA袋に入った中島みゆきのCD。あのことを知っているのか。10日前、中島みゆきの小説をBOOK‐OFFで105円で買った、どうみてもピンクの表紙で若い女性読者に書いたやつだろう。大変恥ずかしかった。それを見られていたのだろうか。
今朝ニュースで見た。三浦雄一郎さんのエベレスト登頂成功のテレビに難所で三浦さんの安全を気遣い手を差し伸べて導いている新谷さんの顔が映った。そうだ新谷さんはエベレストにいるんだ。知床ツアーは休みなんだ。「不知火」でなくて「知床」でお世話になったTYさんだと言ったんだ。全てがわかった。知床ガイドのゆきえさん姉妹だ。ビール大好き。中島みゆきは、新谷さんと共にカラオケに行って打ち震えるように我ら合唱したんだ。ヘェッドラ~ィト テェ~ルラァ~ィト旅はまだ終わらぁない~。ああ残念ニヤミス。最初会ったときから、ちょっかい出したい人なのに残念。でもよかったかも。女房に見られずすんだ。下心がどうしようもなくなってきているんです。新谷さんの大自然の中での与太話のせいかも。
水野義弘
2013/05/22
2013/05/21
ちかいイベント予定
今週末は宮崎の南郷シーカヤックマラソン。
1ヶ月後の6月22日23日は三重県で「kayak誌」の第2回シーカヤックジャンボリー。
、、
去年の第1回シーカヤックジャンボリーには、そのイベントの記念として盛り上げようと「シメスタ500と485」を頑張って新艇試乗艇として間に合わせて作ることが出来ました。皆様のおかげであっというまに好評になり全国各地へ「シメスタ」の出荷が続いています。
今年もできるだけ試乗艇を持ち込みたいと思っています。新艇リビエラなどOK、、、。
現在開発中の物がもし間に合ったら、持って行きます。
、、、。
開発ラッシュしているだけでは、製品化に至るまでの長い間、食べていけません。そこが辛い悩みです。働いているのか遊んでいるのかわかりません。
水野
1ヶ月後の6月22日23日は三重県で「kayak誌」の第2回シーカヤックジャンボリー。
、、
去年の第1回シーカヤックジャンボリーには、そのイベントの記念として盛り上げようと「シメスタ500と485」を頑張って新艇試乗艇として間に合わせて作ることが出来ました。皆様のおかげであっというまに好評になり全国各地へ「シメスタ」の出荷が続いています。
今年もできるだけ試乗艇を持ち込みたいと思っています。新艇リビエラなどOK、、、。
現在開発中の物がもし間に合ったら、持って行きます。
、、、。
開発ラッシュしているだけでは、製品化に至るまでの長い間、食べていけません。そこが辛い悩みです。働いているのか遊んでいるのかわかりません。
水野
2013/05/15
世界に5分割の呼び名
「インバッグカヤック」
やっと5分割の収納タイプのカナックの「国内1号」が完成したので、「QajaqJPN」メンバー(札幌)に送ります。キャリーバッグは、まだ出来ていませんが、これから試作を重ねバッグも製品にするつもりです。
これまで各地を転戦する海外の特別な人に数本(5艇ぐらい)作っていますが、作るのが大変でふつうはことわっていました。が、
私はこれを製品版として、宅急便みたいに世界の人にドアツードアで出荷しようと考えるようになりました。そこで、世界に呼びかける名前。ファルトボートなどのように「フォールディングカヤック」というみたいに、世界に受け入れられる呼び名を考えていることをブログで書きました。
その時は「フォールディング」に対抗して「ポータリング」がいいと思っていました。が、数人の方からコメントを頂いたなかに「インバッグカヤック」という案がありました。、なかなか解り易くストレートにイメージできる呼び名のように感じています。世界の人はどうなのでしょう。
、、、「インバッグカヤック」、、?
、、このタイプは、分割したほとんどの部位をコクピットのなかに入れてバッグで持ち運びできます。特殊なカナックだから出来るんだと思い込んでいたところ、うちで今、最も人気が高いオーダー数の多い「シメスタ」で可能なので「シメスタ5分割」も開発途中です。
水野義弘
やっと5分割の収納タイプのカナックの「国内1号」が完成したので、「QajaqJPN」メンバー(札幌)に送ります。キャリーバッグは、まだ出来ていませんが、これから試作を重ねバッグも製品にするつもりです。
これまで各地を転戦する海外の特別な人に数本(5艇ぐらい)作っていますが、作るのが大変でふつうはことわっていました。が、
私はこれを製品版として、宅急便みたいに世界の人にドアツードアで出荷しようと考えるようになりました。そこで、世界に呼びかける名前。ファルトボートなどのように「フォールディングカヤック」というみたいに、世界に受け入れられる呼び名を考えていることをブログで書きました。
その時は「フォールディング」に対抗して「ポータリング」がいいと思っていました。が、数人の方からコメントを頂いたなかに「インバッグカヤック」という案がありました。、なかなか解り易くストレートにイメージできる呼び名のように感じています。世界の人はどうなのでしょう。
、、、「インバッグカヤック」、、?
、、このタイプは、分割したほとんどの部位をコクピットのなかに入れてバッグで持ち運びできます。特殊なカナックだから出来るんだと思い込んでいたところ、うちで今、最も人気が高いオーダー数の多い「シメスタ」で可能なので「シメスタ5分割」も開発途中です。
水野義弘
2013/05/11
カヤッキングのスタイル
瀬戸内の小豆島で、ツアーをやっている「小豆島ガイドツアー ドリームランド」の連河さんのところへ、スクールツアー用のシングル艇を4艇配達した。これまで取引がなかったので、会うのは初めてで、知らなかったが、ここ数年はかなりのツアー客をこなしているよう。年1000人と聞いた。W艇によるミニツアー半日コースがおもなようで、経済的にはぎりぎりやっているとのことだが、人を楽しませる集客センスと考えかたはなかなかのものだと感じた。
この先、ガイドとしてもカヤッカーとしても、もっと漕ぎたい。小豆島のあちこち、近隣の島々、いいところがいっぱいあり、それをじっくり伝えるツーリングキャンプスクールをやっていきたい。そのためにシングル艇を補充用意したそうだ。小豆島を愛し、内田正洋さんを敬愛していた。
、、
私はプチツアースタイルを続けてもらいたい気持ちもする。砂浜から出て左の洞窟、右の小島の無人島上陸。見える範囲内のパドリング距離で全工程3kmぐらいだろう。3時間あまり楽しませて、それでもお客さんがまだ帰りたくないので時間超過サービス。1000人も楽しませているのだもの、ありだよ。
、、、
帰りに広島のパドルパークさんに寄った。ウォーターフィールド艇を多数使っている。店横の駐車場のシャッター付の艇庫は車なら2台ぐらいのスペースに作られている。ラックが無駄なく組まれて、シングルで丁度50艇入るようにしてあり、入れてある。そのほとんどが活動して使われている。数千人を乗せてきているであろうツアー艇はボトムデッキとも磨り減って磨り減っているがいつもきれいに洗われている。宮島の近くの海でのミニツーリング。年間何人が漕いでいるのだろうパドルパークさんが1500人、ほかもあるし個人もあるのでこのあたりで2000人越えるぐらいだろうか。人が多くてもたいした問題も起きず、おきても当たり前に解決しているのだろう。地域社会的カヤッキングをとりまくスタイルがあり、ありがたいと思う、かたちづくってきた人たちに敬服さえしてしまう文化を感じる。
水野
この先、ガイドとしてもカヤッカーとしても、もっと漕ぎたい。小豆島のあちこち、近隣の島々、いいところがいっぱいあり、それをじっくり伝えるツーリングキャンプスクールをやっていきたい。そのためにシングル艇を補充用意したそうだ。小豆島を愛し、内田正洋さんを敬愛していた。
、、
私はプチツアースタイルを続けてもらいたい気持ちもする。砂浜から出て左の洞窟、右の小島の無人島上陸。見える範囲内のパドリング距離で全工程3kmぐらいだろう。3時間あまり楽しませて、それでもお客さんがまだ帰りたくないので時間超過サービス。1000人も楽しませているのだもの、ありだよ。
、、、
帰りに広島のパドルパークさんに寄った。ウォーターフィールド艇を多数使っている。店横の駐車場のシャッター付の艇庫は車なら2台ぐらいのスペースに作られている。ラックが無駄なく組まれて、シングルで丁度50艇入るようにしてあり、入れてある。そのほとんどが活動して使われている。数千人を乗せてきているであろうツアー艇はボトムデッキとも磨り減って磨り減っているがいつもきれいに洗われている。宮島の近くの海でのミニツーリング。年間何人が漕いでいるのだろうパドルパークさんが1500人、ほかもあるし個人もあるのでこのあたりで2000人越えるぐらいだろうか。人が多くてもたいした問題も起きず、おきても当たり前に解決しているのだろう。地域社会的カヤッキングをとりまくスタイルがあり、ありがたいと思う、かたちづくってきた人たちに敬服さえしてしまう文化を感じる。
水野
2013/05/08
プチツアーに価値があるね
小豆島の道の駅の小さな砂浜から漕ぎ出した。瀬戸内海のさらに湾になった内海の内海だ。ずいぶん久しぶりに感じる内海の感覚。先に出発したツアーグループを大きく迂回して岬を目指して漕ぎ出した。カヤックを作り、乗り始めてから25年が過ぎている。今でこそ外洋の海やサーフゾーンを楽しめるようになったが、もとは有明海や天草の内海や佐世保の九十九島、伊万里湾など全部穏やかな内海だった。生まれ育った熊本の漁師村は有明海に注ぐ緑川の河口で、そこでカヤックを作り出して乗り始めた。僅か1000mの川の河口を初めて横断した時の嬉しさは20数年もたった今も忘れない。我が故郷を1000mはなれた対岸からしみじみ眺めていた。海に2,5km漕ぐとタバコ島という20mぐらいの岩島があり、その岩に上がった時は無人島を制した冒険家気分だった。
小豆島の、そこのツアー風景を見ていて、そんな原点を思い起こして、こんなツアー価値があるねと思った。
小豆島の、そこのツアー風景を見ていて、そんな原点を思い起こして、こんなツアー価値があるねと思った。
2013/05/07
小豆島のプチツアー
初めて小豆島に配達にきた。、天気のいい砂浜にW艇のカヤックが並べられて午後のツアーの出発準備がはじまっている。パドルの持ち方などを説明しているのはお馴染みのミーティング風景。ガイドはたぶん今日の配達先の彼だな、愛艇だと言っていたサスケが傍らにあった。小柄な彼はまめに動いてまめにしゃべって5人の若い女性客を相手に奮闘している。サービス精神満天スタイル。私もちびっ子だが、どうも怪しい、男は黙ってシーカヤックがカッコいいが、そのぎゃくだ。はじめての印象はそんなかんじだった。があとでなかなか参考になる考えを聞くことになる。
あまりに天気がいい海がある。長旅の疲れもわすれて。自分も乗りたくなった。予備に積んで行ったシーカヤックを降ろして、ツアーの邪魔をしないように、気付かれないように、と、ちょっと見つけてもらいたい。知らん振りして、その横と言っていい、その距離20mも離れていないところから漕ぎ出した。が、女の子たちはツアーに夢中の様子で関係ないようだった。
あまりに天気がいい海がある。長旅の疲れもわすれて。自分も乗りたくなった。予備に積んで行ったシーカヤックを降ろして、ツアーの邪魔をしないように、気付かれないように、と、ちょっと見つけてもらいたい。知らん振りして、その横と言っていい、その距離20mも離れていないところから漕ぎ出した。が、女の子たちはツアーに夢中の様子で関係ないようだった。
2013/05/05
瀬戸内へ車行配達 ①
朝早いのに天気続きの大型連休で、いっぱいの車が走ってる高速道路。対向車線のほうは各箇所で渋滞していてゴールデンウイークそのもの。
九州道、中国山陽道、瀬戸内中央道、四国道を走って高松港まできた、こちらは一部一寸の渋滞で順調に来れた。
途中、瀬戸大橋は人工物だけど、たくましいそれをふくめた風景は絶景でわくわくして笑っていられた。橋の近くは、小島が散りばめ、潮が流れ、運転しながらひやひや海のせせらぎを上から見て走った。豊かな日本の海の一角のように、小さな船尾帆をちょんと立てた魚獲りの漁船が集中して数多く浮かんでいる。瀬戸内の力を感じた。
、、、
高松港で小豆島行きのフェリー往復切符を10人ぐらい並んで買った。丁度いい時間でラッキー。小さなフェリーはすぐいっぱいになり出港。ボルボにめいっぱいカヤックを5艇積んで後ろに30センチぐらい出ていたので追加料金を言われるかもと思ったがそれはなかった。私以上に小心者らしいフェリーの係りの男性が、青い顔で「お客様、往復切符を購入されても、帰りは多すぎてフェリーに乗れない可能性が出ています。」と泣いて訴えている。こちらが気の毒になってしまった。
ときどき懐かしい小柳ルミ子の瀬戸の花嫁の歌がながれ、1時間の船旅、昔、酔っ払っては練馬のアパートの小柳ルミ子のポスターにチュウをした馬鹿な青年だった自分を思い出して大変恥ずかしい。
船上の風は5月と思えなく冷たいが、夏の太陽だった。船具の壁に冷たい風をかわして島々の景色を見た。思った以上に高い山々がそびえる大きな小豆島到着。
道の駅ふるさと村。満車の駐車場。のどかな小さな砂浜では午後の若い女性たちのカヤックツアーが始まろうとしていた。カヤックツアーの邪魔をしないように見つからないようにそっと臨時駐車場と書かれたそっちはすいているグラウンドにカヤック満載の車を止めて、眺めた。どこに行っているのだろうか駐車場は満車なのに人は少なくのんびりしている静かな所だと思った。とくに海は静かだった。
水野義弘
九州道、中国山陽道、瀬戸内中央道、四国道を走って高松港まできた、こちらは一部一寸の渋滞で順調に来れた。
途中、瀬戸大橋は人工物だけど、たくましいそれをふくめた風景は絶景でわくわくして笑っていられた。橋の近くは、小島が散りばめ、潮が流れ、運転しながらひやひや海のせせらぎを上から見て走った。豊かな日本の海の一角のように、小さな船尾帆をちょんと立てた魚獲りの漁船が集中して数多く浮かんでいる。瀬戸内の力を感じた。
、、、
高松港で小豆島行きのフェリー往復切符を10人ぐらい並んで買った。丁度いい時間でラッキー。小さなフェリーはすぐいっぱいになり出港。ボルボにめいっぱいカヤックを5艇積んで後ろに30センチぐらい出ていたので追加料金を言われるかもと思ったがそれはなかった。私以上に小心者らしいフェリーの係りの男性が、青い顔で「お客様、往復切符を購入されても、帰りは多すぎてフェリーに乗れない可能性が出ています。」と泣いて訴えている。こちらが気の毒になってしまった。
ときどき懐かしい小柳ルミ子の瀬戸の花嫁の歌がながれ、1時間の船旅、昔、酔っ払っては練馬のアパートの小柳ルミ子のポスターにチュウをした馬鹿な青年だった自分を思い出して大変恥ずかしい。
船上の風は5月と思えなく冷たいが、夏の太陽だった。船具の壁に冷たい風をかわして島々の景色を見た。思った以上に高い山々がそびえる大きな小豆島到着。
道の駅ふるさと村。満車の駐車場。のどかな小さな砂浜では午後の若い女性たちのカヤックツアーが始まろうとしていた。カヤックツアーの邪魔をしないように見つからないようにそっと臨時駐車場と書かれたそっちはすいているグラウンドにカヤック満載の車を止めて、眺めた。どこに行っているのだろうか駐車場は満車なのに人は少なくのんびりしている静かな所だと思った。とくに海は静かだった。
水野義弘
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