2012/10/30

人生に遠慮することはないので

80歳の現役サーファー、おいちゃんの家に、宮崎のサーファー仲間と一緒に夜のご馳走を御呼ばれに行ってきました。
 海から里山を上った所にある家は、おいちゃんの手作りの木造2階建てで、いつでも家族やそのお友達皆を呼んで過ごせるように暖かく涼しい雰囲気のあるオープンな部屋の工夫がされた家でした。ふだんは、そこで奥さんと2人暮らしのようです。
 壁にはサーフィンの写真と、お孫さんの画いた絵が飾られていました。お孫さんの絵には「70歳になってサーフィンを始めた私のおじいちゃんです。」と小さな字が書いてありました。絵も言葉もすごくよくて、じ~んとしました。、、、けっこう呑んでしまいました。おいちゃんも呑んでいるようでしたが、普段毎日は、もう飲まないそうです。、、、その理由は勿論体の健康に気遣って、でなく、
 年金だけの生活になったので、自分が飲んでしまったら皆に飲んでもらえる余裕がなくなるので、自分の分を飲まずに皆のために貯めておくのだそうです。思いやりだったんです。自分にでなくて。すごいなと思いました。、、、。
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 70歳のシーカヤッカー、千葉の小松さんは、日曜日に届いたばかりの新艇の進水式を皆として、あまりの嬉しさに、ロールを何回も何回もくりかえされて、見ている人も感動的だったようです。
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 以前、小松さんは、「この歳でグリーンランドスタイルとは恥ずかしい所もありますが、この先いつまで生きれるかと思うと遠慮はせずに始めることにしました。」と、うちの工場に電話で注文の相談のなかで話されていました。ありがたいです。
 水野義弘

2012/10/28

MIYAZAKI

ウェーブスキー
サーフカヤック 般若X
 10月27日土曜日 14:00
10月28日日曜日 17:00 サイズアップしていい波! 宮崎 木崎浜

2012/10/25

PRINCE

プリンス ラダー仕様

2012/10/23

ARASHI

アラシ  イタリアンレッド

2012/10/14

四国1周!海遍路 で

八幡さんや山岡博士らがやっている、四国海遍路。(漁村浦々めぐり。漁師めぐり。海との暮らしめぐり。)
 2回目のステージ徳島、香川遍がスタートしたようだ。
 イメージはカッコいい真面目な冒険家の八幡さんにしては?、、真面目すぎるだろう、かもしれない、。
 中心の山岡先生は農学博士で黒潮研究者。もう引退されたのかな。大体において、大学の先生は、僕らが苦手とする人が多いが。最初、シーカヤックにおいてはトンチンカンだったと思う。レベルもライフワークも大違いだったはずだ。それでもなぜか八幡さんは、いっしょになって灼熱のフィリッピンを漕いだり四国を回ったりしている。その意義が感じられ少しつたわってくる。
、、、
 「人々と海の関わり、海との暮らし」。魅力あるのに衰退していくところもある。まだまだ、いきいきしているところもある。研究者は研究者として、シーカヤッカーはそれなりに、八幡さんは八幡さんとして、「海との暮らしの魅力を、価値ある貴重な暮らしの様式を、そこに暮らしている人には普通なんだろうけれど、称えたいとか何とかしているのだろう」。
 海との暮らしが健なとこの人たちは、顔がいいもんね。
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 四国にもあるはずと思うけど、前に鳥取の漁師町を紹介した八幡さんのテレビを見たときは、子供も爺さん婆さんも男も女性も皆な明るくて、世界に誇れる日本の遺産は、経済や法律や政治と、ちょっと違う所にある、こうゆう人たちの暮らし方、町模様だと思いました。
  水野義弘

2012/10/13

新艇シメスタ2種X2デッキ

シメスタは幅は57cmで長さが500cmと485cmの2種類があります。デッキも2種類あります。写真の他にラージコクピット、コックピットとその付近が大きくなっているのも用意しました。  
 シメスタはスペック的には不知火Ⅱに近いです。
 不知火Ⅱと比べて、少しボリュームがあります。全体が丸みをおびた流腺形になって、バウとスターンのフレアキャパシティーを増しています。
 センターキールは、コクピットから後ろをリアボーダーキールとし方向性の安定を図っています。
 操作性は、全体的なロッカーと、サイドのキール(チャイン)のロッカーに加え、そのアウトラインから生まれる(バナナ型曲線の)エッジングに優れています。3本のキールそれぞれに乗る楽しみを味わってもらいたいと思います。
 厳しい状況の中での、縦横斜めの素早い復元力。相当の波風のパンチに負けないしっかり者です。ロールも特にやりやすいです。
 下記の写真のは、大変お待たせした、大阪のカヤックコウノトリさん。札幌の秀岳荘白石店さんに出荷したものです。来週、神奈川県のパドリングウルフさんと、10000kmパドラーさんのラージコクピット艇を作ります。
 冬に、千葉のソルティーズさんの山本さんに、世話焼いてもらって、ウォーターフィールド試乗ツーリング会をやるようなことです。シメスタを持って行きます。
 水野義弘

2012/10/11

シメスタ

シメスタ500  イタリアンレッド  ブリティッシュネイビー
シメスタ485 ラダー仕様  カリフォルニアレッド  ターコイズ

2012/10/10

知床エピソード⑪

参加者、皆でのキャンプも4日目5日目となると、怖いながらも知床の自然ともなれなれしくなり、すなおにとけて、焚き火の周りで馬鹿な恥ずかしいことも心から話す。特に私は1人興奮もピークとなっていたのだろう。調子に乗っていた。知床で知床とは全く関係ない話なので、、、。省略。
 今回、パタゴニアの社員さんは4人参加していた。前に来たときも、支社長の辻井さんと、どこかの店の人も参加していた。2ヶ月前の7月のツアーにも辻井さんは参加して手伝ってくれていたらしい。
 知床は商品開発、ひらめき、ヒントにいい所。新谷プロの道具に関する知恵アイデアは、、ずしっとくる。厳しく評価されようが、喜んでもらおうが、ここで使って貰うんだと思う。
  プロフェッショナルが作る物づくり。そこの所は、大きなパタゴニア社も小さな我社も同じだ。
 私はこの業界にいながら、ずいぶんパタゴニア社の存在を知らなくて、皆が着ているこのP
の付くロゴはなんて言うの、社長知らないんですかパタゴニアですよ。しらないなダサいなサーファーパンツ。、、、。
 そんな前の話を、ばりばりのパタゴニアの社員さんにした。しまった。いやな親父だと嫌われたくないので、翌朝、焚き火の横でコーヒーを飲んでいる東京の店の神山さんの隣に、愛用のパタゴニアの帽子と地味なパタゴニアのフリースを着込んで腰掛けた。15cmも背の高いモデルさんのような女性と寄り添ってコーヒーを頂くなど現実社会ではめったにありえない。そこにいた力さん、現地商品開発プロの仕事らしい、すぐ気づいてくれて、それどっこもパタゴニアのロゴがないやつですね。、、なーんだ水野さん着てるじゃないですかパタゴニア。と神山さんも親しくしてくれた。うまくいった。全国直営店のレイアウトの仕事の、しまやんこと島田さんが親切に品物を世話してくれようと思ったのか、ところで水野さんはどこの店で買っているのですかと聞いてきた。、、、。ちょっとこまった。本当のことはとても言えない。特に神山さんの前では絶対言えない。アメリカのノースカロライナの店で買いました。とカッコ良く嘘を言いました。
  本当は、パタゴニアの店に買い物に行ったことないのです。この帽子はこないだキャンプ場で拾いました。アオカビが生えていましたが使っているうちきれいになりました。このフリースは3年前セカンドストリート、リサイクルショップで買いました。さいしょちょっと臭かったです。パンツは、知り合いのアウトドアの店じまいセールで見つけました。そのまま店は復活したしよかったです。
 水野義弘  なんていっていいのか、皆さんすみませんでした。

2012/10/09

SHIRANUI

不知火Ⅱラダー仕様   オレンジ
不知火Ⅱラダー仕様3分割   ターコイズ

12年知床エピソード⑩

終盤4日目になり、のんびりゆっくり漕ぎ進む。こちら側、羅臼側は太平洋側のオホーツク海と言えばいいのだろうか。
 途中、ペキンノハナ(鼻先のような岬のような名勝だった)の小高い岡に上がった。知床の丘の上。山が見え、浜が見え、岩場が見え、番屋が見え、海の向こうに国後島が見える。
 全長100kmもあろうかと思われるほど、端から端まで長い全貌を横たわらせて、わずか30km先に太平洋から隔てたって知床を守る様に寄り添っている。はるか遠くではない、間近に国後島がある。北部太平洋からのうねりは国後島が防いでいるはずなのに、国後島と知床半島のこの海は太平洋とオホーツク海を結ぶ大水道となって、海流が再びうねってくるのだろう。波は崖岩を削りゴロ石を高く転げ上げている。
 再び知床の海をゆっくり遊び楽しみながら行く。岩礁の見え隠れする海岸線近くを、じぐざぐに漕ぎ進む、新谷さんについていく。
 新谷さんにとっては遊ぶ庭のようなものなのだろう。カヤックがやっと通る狭い直角に折れた水路、S時にうねりが回り込み揺り篭のように上り下りする水路。
 新谷さんは、先にスリリングな水路を通り抜けて皆が抜けてくる様子を見守っている。あたふたしながら抜け出てくる皆の様子を、ワッハワッハと大きく笑いながら見守っている。遊んで遊ばせてくれる。新谷さんのこういったセンスは誰も敵わないだろう。子供の頃から相当好きで遊んでこなければ出来ないだろう。怪我をしないように大いに遊べるようになるまで、怪我をつづけてきたんだろうと思った。
 水野義弘

2012/10/05

知床エピソード⑨

3日目の夜。夜といっても明るいうちに夕食を食べるので、まだ夕方だ。夕食の後は焚き火を囲んでシンポジュームの語らいの時間になる。今日は私の番だ。
 「水野さんのカヤック作りの苦労話を聞かせてください」。と新谷さんからの振りがあり、話を始める。苦労話。最も苦労したのは25年前、カヤックを突然作り始めた、その経緯についって話し始めた。現物は見たこともない。当然、乗ったこともなかった。
 自分の世界。自転車に積めるカヤックを作ろう。カヤックを組み立てたら自転車をバラシて、そのカヤックに積んで行こう。世界にないやつを作る。水陸両用の人力旅行用形。アイデアとデザインは湧き上がって三日三晩は眠ることもなく、どんどんと設計した。人生が変わっていく。、、、話は長くなりました。それでも、皆さんに、とても受けて喜んでもらって本当に良かったです。
 水野義弘

2012/10/03

知床エピソード⑧

3日目、いよいよオホーツク海側から知床岬を回り太平洋側へ進む。お昼にちょうど知床岬灯台のすぐ近くの浜に岩礁をかわしながら水路を進んで上陸する。すぐ焚き火びがおき、簡単に具を乗せた即席ラーメンのお昼ができる。お昼を食べてゆっくり後、岡の上の知床岬灯台へ歩く。細い崖の尾根道を1列に皆並んで登って歩く。この灯台に上がれるのは 人力でたどり着いた人にだけ許されているそうだ。灯台からの眺めはもちろん素晴らしい。今来た海、これから行く海が見える。いい気分になり、また1列に並んで降りていく。再び漕ぎ出す。
 岬付近は、うねりと風が入り混じり、浅い岩礁が見え隠れする。うねりはそこここで岩礁に砕けて白波だっている。岸のすぐ近くを漕ぎ行く隊は、崩れるうねりを避けながらジグザグに岩礁地帯の水路を進む。すこし危険なところの近くとを通るときは、決まって柴田さんの艇がこれ以上寄らないようにガードする。うねりと風に艇がゆれてコントロールも遅れがちな人が出てくる。励ましコースを促しながら先を行く隊を追う。そろそろ疲れたかなと思う頃、今日のキャンプ地に着いてカヤックを掲げあげる。
 キャンプ地のすぐ先のほうで、熊の母子が樺太鱒をとって食べている。母熊はそこがポイントなのか浜に待ち構えて、波に打ち寄せられてくる大鱒を波に飛び寄ってくわえ獲る。小熊は近くにいて遊んでいるのか見ているのか、獲物が捕れたら駆け寄って母子で食べる。
 こちら羅臼側にきたら熊も普通に太っている。ウトロ側と羅臼側では餌の状況が違うようだ。少し前、マッコウクジラが打ちあがって、十数頭の熊が集って一月で食べつくしたそうだ。熊には悪いが爆竹弾を投げ、山へ追う。夜は山に向けて点滅灯を点して、熊への注意を促し眠る。
 1人では怖いが、皆がいるので平気だった。
   水野義弘

2012/10/01

知床エピソード⑦

私の乗るカヤックが、だいぶ浸水するので砂利の浜で修理することとなった。あちこち古くから修理してあって、特に浸水の多いスターンのキールの修理跡を剥がしてやり直すことに。それも出発前の朝から始めることに。樹脂が硬化してからの出発になる。手順を決断して素早くやらなければならない。ツーリング中の修理回数は間違いなく世界1のドクター新谷さんとそのスタッフ。シーカヤックメーカードクター水野。名医が二人そろっている。意見は一致。手順の説明があり準備万端。焚き火であぶって乾かす、のみとハンマーでたたいて古い修理跡をハツリ、棒ヤスリでしごく。患部に合わせて切りそろえて置いた適量のガラスマットを樹脂を染み込ませながら丁寧に貼り付ける。たいした道具はない。工場じゃない。公開手術は、観客を前に鮪解体ショーのように行われた。手術は無事終了。おみごとでした。二人の名医は満足しました。
 焚き火で乾かし、完全に硬化した所でバサクレのチカチカを石でしごいて出発。
 残念ながら手術は完璧でなく、手術した35cmの1センチ先から浸みているのでした。
 有名な名医二人は、ちょっと恥ずかしいヤブ医者になりました。
  水野義弘